窓際のコーヒー

電車の窓の桟には、紙パックのコーヒーが取り残されている。
 
混み合う新快速電車の車内に、空席を見つけた俺は近くにまだ数人の立っている人がいることを少し不思議に思いながら通路を進んだ。空席の前まで来てその理由がようやく分かった。その窓際に置かれた紙パックのコーヒーが原因だろう。
 
紙パックのコーヒーは、かつてそこに座っていたであろう人間の気配をあまりにも色濃く残していた。コーヒーは飲み干されてから置き去りにされた可能性の方が高いのだが、なぜだか電車の窓の桟に載っていると、中身が入ったままのような重々しい気配を醸し出しているのだ。迂闊に触れるとストローからビュッと中身が飛び出すかもしれない。ズボンにかかったら最悪だ。電車を降りて、駅のエスカレーターを下る俺のズボンの股間のあたりを見て、エスカレーターを上ってくる髪の長い綺麗な女性が薄ら笑うかもしれない。「違うんですよ。これはですね。窓際の紙パックのコーヒーをですね。」と説明しようとする俺に構わずエスカレーターは進み、二人は離れ離れになってしまうだろう。もう二度と出会うことのない二人は、こうして一生埋めることのできない溝を残したまま、それぞれがそれぞれの場所で生きてゆくのだ。
 
さて、普段の俺なら、その窓際にコーヒーが残された席には座らずに違う空席を探すか、または立ったままいることを選んだことだろう。しかし、その日の俺は疲れすぎていたので、そのままその席へ座らせてもらうことにした。それに周りの人たちからすれば、窓際にコーヒーが残された空席に俺が座るのを見ているのだから、俺のコーヒーでないのは一目瞭然なわけである。俺はできるだけ被害者面をして、ヤレヤレ、、、という感じで、その席に座ることにした。
 
電車のシートに深く腰を沈めた俺は、窓際のコーヒーを手の甲を使い注意深く隅っこに押しのけて、自分の視界に入らないようにした。どうやら、中身は空のようだ。俺は安堵しながら、加古川駅へ到着する時間の二分前に携帯のアラームをセットして、ヘッドフォンでエリック・サティのピアノ作品集を再生した。窓ガラスに映る俺の横顔には、移りゆく街の灯りが次々と通り過ぎて行った。
 
ふと我に帰り車内に視線を移すと、日曜日の七時過ぎということもあり、楽しかったであろう休日の陽光の余韻が、明日から始まる一週間を思う気持ちに影を作りだしているかのようだった。俺と同じ四人掛けのボックス席の向かい合わせになって座っている30代前半と思しき二人組の女性の会話も途切れがちだ。俺の向かい側に座っているスーツ姿の青年は、休日出勤だったのだろうか、スマホを片手に持ったまますっかり眠りこけている。緩めたネクタイの隙間から、弛んだ喉仏が見えた。それから軽く目を閉じた俺は、いつのまにか深い眠りに落ちてしまっていたようで、ヘッドフォンからは目覚ましのビープ音が鳴っていた。スマホを操作してから、俺は脱いでいた上着と荷物を一つにまとめ、出口へ移動するために席を立ち、通路へと出た。その時、後方から俺に声が飛んできた。
 
「忘れてますよ!」
 
窓際のコーヒーのことだと気付くまでに少し時間がかかった。周りを見てみると、いつの間にか四人掛けのボックス席の顔ぶれはすっかり入れ替わっており、必然的に俺の飲み残したコーヒーだと思われたようだ。俺は、その紙パックのコーヒーを本来持ち去るべき持ち主のことを思い、イラつきを抑えながら答えた。
 
「いや、それ私のじゃありません。」
 
そんな無責任な奴と一緒にされちゃ心外だ。言っとくが、俺は公園や道端などに落ちているゴミはなるべく拾うことにしている。しかし、電車の中では、清掃員の方がいるだろうという安心感を抱いてしまい、結果としてゴミを出した人への怒りの感情だけが湧いてしまったのだ。無責任な持ち主の唾液や手の脂などのついた忌みべき対象としか見れなくなってしまい、なるべくなら触りたくなかった。道端のゴミを拾えるなら同じじゃないのか?と思うかもしれないが、道端のゴミの場合は圧倒的に量が多すぎて一々腹を立てていたら、精神衛生上よろしくないので怒りを抑えてゴミを拾うすべを俺は身につけているのだ。まぁ、そんな大層なことではなく単純に何も考えないようにしているだけで、それよりも俺が拾わなきゃ誰が拾うのだ!みたいな使命感が優っているため、それほど苦にならないのだ。
 
 
しかし、よくよく考えてみると、そのとき電車の中でとった俺の行動は、なんて子供じみていたんだと深く反省している。もしもあのときに誰も、「忘れてますよ!」と言ってくれなかった場合、周りにいる人たちは窓際に残されたコーヒーを見てから俺の背中をギラリと睨みつけていたことだろう。まさか、被害者から加害者になってしまうとは思わなかった。そこに座ってしまったからには、自分のゴミとしてスマートに持ち去り、駅のホームのゴミ箱へ捨てるべきだったと思うのだ。俺が、疲れた身体を空席に深く沈ませることができたのは、その紙パックのコーヒーが窓際に残されていたおかげなのだ。
 
それに新快速が終着駅に着いたからといって、直ちに清掃員の方が入ってくれるとも限らない。そのまま折り返し運転をする可能性だってあるのだ。そうしたら、また同じようにイラつく人や要らぬ疑いをかけられる人が出てくるだろう。ひょっとしたら、その紙パックのコーヒーは、その日の朝から何度も姫路⇔米原間を行ったり来たりしていたかもしれないではないか。その場合、様々な人々の怨念が紙パックの中に込められていたことになる。俺さえ爽やかに捨ててやることができていれば、怨念たちはすんなりと成仏することができたはずで、その紙パックのコーヒーが後日、「実はあのとき助けてもらったコーヒーなのです。」と言って、俺のところに恩返しにやってきたかもしれない。それに、そうした俺の一連の行動を少し離れたところから見ていた可憐な色白の女性が、俺の優しさにメロメロになった可能性だってあるじゃないか。妻子ある身なので、それはそれで困るのだが悪い気はしない。いや待てよ。シルバーシートに座ってすべてを見ていた白髪の資産家のおじいさんが俺の行動に感心し、すべての財産を俺に託すと代理人を通じて申し出てくる可能性だってあったぞ。
 
 
 
なんてこった。俺は、取り返しのつかないことをしてしまった。
 
 
 
こうして、自意識過剰な俺の日曜日がまた終わる。ちなみに、この日の自意識過剰メーターが最大値に振り切ったのは、窓ガラスに映る自分の横顔に、移りゆく街の灯りを重ねながらエリック・サティを聴いていた瞬間だろう。
 
 
 
 
 
 
 
おしまい。
 

映画『自転車の鍵』

映画館で、上映を今か今かと待ってると、客電が落ち新作映画の予告が始まる……ハァ、またいつものやつだ。

 


大音量で男性ナレーターがたっぷりと余韻を作りながら語り出す。

 

「これは、ある自転車の鍵を巡る奇跡の物語……田舎町の自転車屋さんで、同じ鍵に手を伸ばし、手と手が触れ合った二人の高校生……出会ってすぐに惹かれ合った二人だったが、卒業前に些細なことをきっかけにして心が離れていく……それから10年後、大都会の雑踏の中で、偶然に再開した二人の前にあの時の自転車の鍵が現れる。ただの偶然なのか?それとも奇跡の兆しなのか??10年前に、女が付き通した嘘とは?男は自転車の鍵の番号を思い出すことができるのか?物語は、衝撃のラストを迎える……」

 

こんな感じの映画予告が、やたらキラキラしたエフェクトかけて垂れ流されることがよくある。

 


あーゆー類いの映画ってさ、福士蒼汰とか有村架純とかの超売れっ子俳優またはジャニーズが出てるってこと以外に、見どころない気がするよね。泣かせよう泣かせよう、キュンキュンさせようとしているのが見え見えすぎてしんどくなるわ。

 


「物語は、衝撃のラストを迎える。」って、ナレーターが言い終わるかどうかのタイミングで平井堅とかが歌いだすんだよね。そしてその主題歌をバックに追いかけるよね。きっと男は女を追いかけるんだよね。抱きしめるよね。もう離すものかと抱きしめるんだよね。

 


絶対に観ないよね(げっそり)

 

 


あと、シリアス路線かと思わせといて実はコメディだったっていうパターンも映画予告あるあるだよね。

 


客電が落ち、大音量で男性ナレーターがたっぷりと余韻を作りながら語り出す。

 

「これは、ある自転車の鍵を巡る奇跡の物語……田舎町の自転車屋さんで、同じ鍵に手を伸ばし、手と手が触れ合った二人の高校生……出会ってすぐに惹かれ合った二人だったが……

 

実は〜っ!?どっちも男だったぁ〜〜っ!!??二人の男子生徒が廃校寸前の男子校を救う!?セーラー服の似合う学園イチのオネエ男子のユウキは、ある日みんなに無理やり生徒会長にさせられてしまう。リーゼントの似合う学園イチのヤンキー男子のマモルが、それに手を差し伸べる。

 

『おいおいマジかよ。マモルの奴、生徒会に入ったってよお!?』

 

『パパ!パパっ!!大変なの!!マ、マ、マモルが女装をはじめたのよっ!!』

 

二人の噂はたちまち街中を駆け巡る。学園長からのセクハラ行為や女子高のスケバングループからの決闘の申し込みを受けながら、二人は無事に恋の自転車の鍵を開けることができるのか?!まるでジェットコースターに乗っているかのような、はちゃめちゃなハートフルコメディ!!」

 


……みたいな映画、ありがちじゃない??主題歌はサンボマスターあたりでさ。途中からナレーターもメーター振り切ってくるからね。

 

「主演はなんと!ユウキ役に山崎賢人!!そしてマモル役に菅田将暉のダブル主演!!」

 

……みたいな映画?!え?映像思い浮かばへん??盛り上がってるの俺だけ???

 

 

 

 

 

 

 

………テヘ。

 

 

 

 

 

 

 

おしまい

俺の自転車の鍵

自転車を買った。


非常に疑り深い性格の俺は、何か新しく物を買うと防犯面が気になって仕方なくなってしまう。今回も自転車を注文してから届くまでの間、どんなチェーンロックを買うかで悩んだ。


「自転車 鍵 おすすめ」で検索し、ステマ臭のしないサイトやAmazonレビューを読みまくった。


困ったことにチェーンロックってやつは、頑丈になればなるほど重たくなっていく傾向にあるようだ。1.5〜2.0kgの物が、ザラにありやがる。せっかく風のように軽やかに走りたいと思ってるのだから、出来るだけ重たいチェーンロックは選びたくない。俺は風になりたいのだ。


そして、性能が上がれば上がるほどお値段も高額になっていく。高いものだと15,000〜20,000円もするのだ。どこかのサイトを読んでいたら、「盗難防止にかける費用は自転車の価格の10%が目安」などと書いてあったが、「結婚指輪は給料の三ヶ月分♡」みたいに言われても、ハイそうですか。じゃあこれ少し高いけど買っちゃおうかな、ポチっとな……てな具合にはいかないのだ。なんせ俺はすべてを疑ってかかる男なのだぜ。


あれこれ検索していると、安くても防犯性能の高いチェーンロックがいくつか見つかった。しかしだ。デザインが超最悪だったので、却下……だって、俺の新しい自転車は超カッコいいんだぜ。ぺっぺっ。


とにかく、世界中の窃盗団が俺の新しくてカッコいい自転車を狙っているのだから、しっかりしていて、尚且つクールなチェーンロックを買わなきゃなのだ。

 


しかし、調べていくうちに実際のところ、プロの窃盗団にかかってしまえばどんなに高性能なチェーンロックであっても、あっけなく壊せてしまうことも分かってきたので、中性能以上でそんなに高額でもなく、なるべく軽い物を選ぶことにした。それがこちら。

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ABUS Steel-O-Flex ivera7200

 

結局、デザインについては、バッグに入れて持ち運んでしまえば、そんなにこだわる必要がないことに気づいた。それに、この毒々しい見た目はまるで、熱帯の森に生息する毒蛇のようで、付けていて威嚇力があるのではないかと思ったのだ。シャーーーーッ!

 

このようにしてようやく俺は、チェーンロックを選ぶことができた。下手すると自転車を選ぶよりも時間がかかってしまったかもしれない。

 

 


まだ安心はできない。

 


今度はサドルだ。これまた “ サドル泥棒 ” というケシカラン輩がいるらしいのだ。俺の新しい自転車には、超カッコいいサドルが付いているので、やはり守ってあげたくなったのだ。そんな優しい俺が選んだ物は、ワイヤーがφ4mmと細く、防犯性能としては気休め程度の物だった。

 

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CROPS 製品情報 > CROPS LOCK > MULTI PURPUSE LOCKS : CP-SPD07

 

これを選んだのは、サドル下にゴテゴテとした物をぶら下げっぱなしにしたくないということもあったし、メインで使う予定のチェーンロックが鍵式のため、もしも鍵を持って出てくるのを忘れたときにダイヤル式の物もひとつ積んでおきたかったという目論見もあった。自転車の鍵なんて、結局は、「してる」、「してない」かのどちらかで、「盗られない」、「盗られる」が決まることがほとんどであって、「頑丈か」、「頑丈でないか」は、前述した通りプロに目をつけられない限りあまり関係ないと思うのだ。つまり、結局は運次第だということだ。また、盗られたくなければ、自転車に乗るときには隙を見せず、停める場所も選ぶようにすることが大事だろう。

 


さて、待ちに待った自転車が我が家にやってきた翌日の夕方、Amazonからライトや空気入れなどと共にサドル用のワイヤーロックが届いた。メインで使うゴツい毒蛇チェーンロックは、まだ発送されてないようだ。その日の昼間には、娘と一緒に新しい自転車で初のツーリングにも行ってきて、ご機嫌に夕食を食べた俺は、お酒も進みベロンベロンになりながら鼻歌混じりに自転車のライトを取り付けてから、ワイヤーロックでカッコいいサドルを本体にぐるぐる巻きにしてやった。焼酎グラスを片手に、しばらく新しい自転車をツマミにして呑んだ。


さて、翌日は朝から合気道をしたり、友人がやっているイベントへ出掛けて昼食をゆっくり食べたりして過ごしたので、家に帰ってくるのが夕方になった。玄関の中で、大人しく待っていてくれた新しい自転車は、相変わらずカッコ良かったので、俺はまたしばらく自転車を眺めたり、サドルの感触を確かめたりしていた。そこでふと気づいたのだが、そういえばサドルを留めているワイヤーロックの番号は何だったっけか?

 

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そのワイヤーロックは、ダイヤル式の鍵のため、自分で好きな3桁の番号を設定できたのだ。4桁の暗証番号は日常的によく使うので、いつものお決まりの番号みたいなのがあったが、3桁の番号はそういえばあまりパターンを持ってなかった。しかし、酔っ払いながら、「うーん。そうだ!これだ!」という具合に、簡単に閃いた番号だった気がするので、すぐに思い出せるだろうとタカをくくっていたのだが、これがなかなかまったく思い出せない。何だ?絶対に覚えやすい語呂合わせの数字にしたはずだ。

 

 

 

 

 

頭に浮かんだのは……

 

 

 


819(バイク)

 

 

 


881(早い)

 

 

 

 

315(最高)

 

 

 

 


あまり自分でもピンと来なかったが、取り敢えずダメ元で回してみる。やはり、ワイヤーロックはウンともスンともしない。しばらく、考えては試し、考えては試しということを繰り返していたが、なんだかイライラしてきたので、考えるのをやめることにした。本来の目的であったサドルをロックすることはできているわけだし、このまま外せなくてもいいじゃないか、もし外さなければならない時がくればボトルクリッパーで切っちゃえばいい。そんなに高い物じゃないのだから……ところが、夜ご飯を食べて、子供たちが風呂に入って寝てしまってからも頭の片隅ではモヤモヤした気持ちがどうしても消えない。風呂にゆったり浸かりながらも、頭は勝手に3桁の数字の語呂合わせを考えてしまう。

 

 


881(ヤバイ)

 

 


182(イヤミ)

 

 


489(シバク)

 

 

 


いやいや、そんな番号にするはずがないのだが、浮かんでくるのはどうしてもネガティブな言葉ばかりだ。酔っ払っていたとはいえ、「これだ!」と思って付けたのだから、きっと何かに関連づいた数字であるはずなのだ。しかし、まったく何も思いつかないまま、ただただ時間は過ぎていく。テレビやネットを見たりしながらイライライライラしている俺を見た妻が、「3桁だけだったら001〜999まで、ひとつずつ合わせてみたら?」とアドバイスしてくれた。そうか、その手があったかと、膝を打った俺はさっそく自転車の前に椅子を持ってきてダイヤル回しに打ち込んだ。数字をひとつずつ上げていく作業は、思いのほか苦痛ではなく、だんだん手つきも慣れてくるので、ペースもあがってくる。10分もかからなかっただろうか。カチッ!!と、いう音と共にワイヤーロックが開いたのだった。その瞬間の気持ち良さったらなかった。

 

しかし、その3桁の数字を確かめた俺は、再び首を傾げることになった。

 

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439?

 

 

 

 

 

……ん?

 


俺は、まったくその番号に心当たりがなかったのだ。まるで、騙された気分だ。心外だ。いい加減にしてほしい。しばらく謎の数字を前に呆然と立ち竦む俺の頭に、あるひとつの可能性が浮かび上がってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ヨサク?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


よ、与作なのか?本当に??

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あの木こりの??

 

 

 

 

 

 

 

 

サブちゃんの???

 

 

 

 

 

 

 

 


うむ。どうやら与作らしい。他の可能性も考えてみたがそれしかないだろう。なんとなく、昨夜の閃いた瞬間の感触も思い出してきた。

 

 

 

 

 

 


いくら酔っ払っていたとはいえ、そのような番号を選んだ自分が憎くて憎くてしょうがない。

 

 

 

 

 


なぜ俺は、縁もゆかりもない与作に思いを馳せながら「これだ!」と思ったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


それでは、そろそろ紹介しよう。

 

 

 

俺の新しい相棒、

 

 


与作です。

 

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今日からいっそ、そう呼ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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作業台に載せられ、組み立てられるのを緊張の面持ちで待つ与作。

 

 

 

 

 

 

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サドルに取り付けられたワイヤーロックが、二度と外れないかもしれないと聞かされて青ざめる与作。

 

 

 

 

 

 

 

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ワイヤーロックも無事外れ、自由に走り回れる喜びを噛み締めながら、土手に寝転がって空を眺める与作。

 

 

 

 

 

 

 

 

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退屈な授業を抜け出して、ぼんやりと湖の水面に映る君の面影探す与作。

 

 

 

 

 

 

 

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思い返すと色々あったけど、最後にドヤ顔を決める与作。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おしまい

敗北

色々と思うところがあって、今年の夏にスナック菓子を食べるのを一切やめた。単に食べすぎだったことに気づいただけなのだが、あんなに高カロリーで何が入っているのかよくわからないスナック菓子を毎日毎日食べ続けて体に良いはずがない。

 

お気に入りは、キャベツ太郎、カラムーチョ、スッパムーチョ、横綱あられ、えび満月、柿の種、パクチーチップス、おにぎりせんべい、ぼんちあげ、うまい棒じゃがりこ………などなど、あれだけ好きで、毎日食べていたというのに、最近の俺はまったくスナック菓子に興味を持たなくなってしまっていた。目の前で子供たちがスナック菓子を食べていても、もはや手が出ることはなく……旨そうにスナック菓子を食べる大人を見ると、嫌悪感すら感じている俺がいた。

 

いやいや、大人になってまで、そんなん嬉しそうに食べるなんてアホやん?と、(かつての自分のことを棚に上げて)心の中で思っていた。そう俺には自信があった。今後俺は、二度とスナック菓子を口にすることはないだろう。

 

 

 

しかし、思わぬところに落とし穴は空いていた。まさか、こんなことになるなんて思いもしなかった。俺を貶めたそいつの名はポンスケ。
カリっと香ばしい甘辛醤油の海苔味のやつだ。あられやおせんべいでお馴染みの、ぼんち株式会社の密かな人気商品のひとつで、小分け袋に入っているため外出時のおやつにもぴったりで、あまからのタレと、あおさがマッチしたひとくちサイズのスナック菓子なのだ。
 
ちなみに、かつてスナック菓子が大好きだったころの俺は、ポンスケにはほとんど興味がなかった。だから、油断してしまったのだろうか……出会いはあまりに突然だった。昨夜、ビールを飲みながらカツオのタタキを食べていたら、思いのほかタタキの量が多かったため、ビールの次に缶チューハイに手を出していた俺は、今度はチューハイを持て余してしまっていた。皿からはタタキもなくなってしまい、さて残りのチューハイをどうしたものかと考えていたところ、妻が友人からもらってきたという菓子が入った紙袋を俺の前に持ってきたのだ。クッキーや煎餅、瀬戸内レモン風味のツマミに紛れて出てきたポンスケはあまりにキュートだった。
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気づいたら俺は、ポンスケを開け、無我夢中で頬張っていた。
 
酔ってたから……なんて、ありきたりの言い訳をするつもりはない。かといって敗北したわけではない。これは新たな出会いなのだ。
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ポンスケ鬼旨いなちくしょう。
 

投げキッス

バスの中にいる美女から投げキッスを送られた俺は、夢中になって投げキッスを返していた。

 

美女からの思わぬ投げキッスに舞い上がった俺は、気が付くとしばらくバスを追いかけながら三回、四回と両手を広げて投げキッスを返していた。走り去るバスが、坂道を下って行くのをツツジの植え込み越しに見送りながら、俺の脇からヘソにかけて冷や汗が流れ落ちた。


「みんな、めっちゃこっち見てたやん。」


それは今年の6月に、淡路島へ合気道の合宿に行ったときの出来事だ。稽古後に、近くの温泉に入りに行くのが毎年恒例となっていて、最終日はそこで解散となる。自分の車で淡路島まで行っていた俺は、バスで帰るほとんどの参加者を温泉の前で見送る形になった。

 

合宿は、二日間に渡りタイトな時間割りでハードに行われる。体力に自信がない俺でもなんとか二日間を乗り切ることができたという充実感に満たされながら、バスの中から手を振ってくれる皆に手を振り返していた。そのほとんどが年に一度か二度としか会うことのない人たちだ。それぞれが抱いているに違いないそれぞれの充実感に満たされたとてもいい顔をしている。

 

その中に、ふと見慣れた顔が目に入った。同門のTさんだ。Tさんは、遠方に住んでいるのだが、遠路遥々今回の合宿に参加していた。今、流行りの言葉でいうと、まさに「美魔女」と呼ぶのにふさわしい容姿の持ち主で、キラキラした目を輝かせながら俺に向かって投げキッスを送ってきてくれたのだ。隣りに座っている人にバレないようにだろう、その小柄な体をシートと窓の隙間に潜り込ませ、唇の前で小さく指でポッと花咲かせるようして投げられたかわいいキッスに俺の胸はキュンと高鳴った。


そこで俺は、Tさんに向かって夢中で投げキッスを返したわけなのであるが、他の窓からもまた奥側の席からも立ち上がってこちらへ手を振るたくさんの人々がいたわけであり、つまりそれはバスの中にいる人たちにとってみたら、とんでもないことを俺はやらかしてしまったわけである。「キモっ。」ってなった人もいれば、「は?殺すぞ。」と思った人もいるはずだ。40半ばのおっさんから容赦ない投げキッスを送られた若い女性たちの気持ちを想像するだけで、いまだに俺は悶絶してしまいそうになる。

 

そして、よくよく考えてみたら、あの時のTさんの目の奥には、いたずらっ子のような光が宿っていたとしか思えないのである。

 

 

 

 

こないだ、久しぶりにTさんに会ったので確認してみたら、「んふふふふ。ほんとバカねぇ。」と、いたずらっ子そのものの目で笑っていた。

 

 

 

 

 

ま、惑わされた。見た目だけでなく、Tさんはまさに美魔女だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

赤っ恥は掻いたが、あの時の胸のトキメキはいつまでも忘れない。そして、あの日から俺はずっと探してる。本物の投げキッスを………ふっ。

 

 

 

 

 

それでは聴いていただきましょう。エンディングを飾ってくれるのはTHE DOORSで、曲は「ハートに火をつけて」です。どうぞ。

部屋と耳栓と私

神鍋高原へ合気道の合宿へ行ってきた。俺は大きなイビキをかくため、同じ部屋の先輩方に迷惑をかけてはならないと思い、配るための耳栓を用意していたのだけど、不覚にも(まったくもって不覚にも)たいそう酔っ払って、誰よりも先に部屋に帰り寝てしまったのだ。しかし夜中に目が覚め、ハッとすると同時に安堵感が胸をなでおろしたのである。

 


部屋中に響き渡る様々な音域のイビキのうねり……同部屋の方々は、どうやら合気道だけではなくイビキにおいても先輩だったようだ。嬉しいっていうか、まぁなかなかうるさくて全然眠れなくなった俺は、持ってきた耳栓をソッと開封したのであった。

 

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フィーリング

小学二年生になる甥っ子が、俺に全然なついてこない。子供も子供なりにフィーリングの合わない相手がいるだろうと思うので、俺にとっては、なつくか、なつかないかなんて別にどうでもいいのだけど、義妹にとっては気に病むことのひとつのようだ。

 

「二人のことを探偵ナイトスクープに依頼しようかと思っている。」

 

先日、いきなり義妹にそう切り出されてギョッとした。探偵ナイトスクープは、毎週録画予約して見るほど俺の好きな番組なのだが、自分が番組の標的となるのは絶対に嫌だ。例え、その依頼内容が、長年俺に想いを寄せてくれている異性からの愛の告白だったとしても嫌だ。俺は、皆が思っているよりもシャイで内気で人見知りで自意識過剰なのだ。何が何でも勘弁してもらいたいので、甥っ子と俺の二人の距離は意外と縮まってきているのだよというエピソードを教えて、義妹を安心させてあげた。

 

それは夏休みに、うちの家族とのキャンプに、甥っ子を連れて行ったときのことなのだけど、途中立ち寄った温泉で、風呂上がりに待ち合わせるための和室で俺が寝転んでいると、一人ひょこひょこと甥っ子がやってきてこう言ったのだ。

 

「ねぇねぇターちゃん。アイス買ってよぅ。」

 

いつもなら、俺への警戒心を解こうとしない甥っ子が、目をキラキラさせながらこう言ってきたのだ。平静を装いながら、俺は心の中で泣いた。はっきり言って、俺はとても嬉しかったのだ。

 

「え?そんなん言えるんや?」

 

思わず俺は呟いていた。俺に近づいてきたのが、アイス目的でもいい。子供ってやつは、そうやってぐいぐい無遠慮に膝に乗ってくる感じを出してくれたほうが、絡みやすいのだから……そうだ。いっそ思い切って、俺の膝に乗ってくるがいい。俺は甥っ子に、ニッコリと微笑み返しながらこう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

「もう六時過ぎとるからな。晩御飯食べられへんようになるから、こんな時間にアイスなんか食べたらアカン。」

 

 

 

 

ふと視線を感じて、隣りのテーブルを見ると、幼い子供ら二人にアイスクリームを食べさせている家族が座っていた。この距離だと、間違いなく俺の声は丸聞こえだっただろう。夫婦は、気まずそうにこちらをチラチラ見ながら、子供らにアイスを早く食べてしまうように促したが、まだ幼い子供らは口の周りにバニラアイスをまとわりつかせたままで、自分たちの今置かれている状況がピンときていないようだった。溶け始めたアイスが指を伝ってテーブルの上にひとしずく落ちる。

 

 

 

 

 

気が付くと、俺への興味を急速に失ってしまった甥っ子は、どこかへひょこひょこと歩いていってしまっていた。今回、甥っ子と俺との、二人の間の距離を縮めることは、残念ながら叶わなかったのだがとにかく、探偵ナイトスクープへ依頼することだけは、勘弁してもらいたいものである。

 

 

 

 

 

 

 

おわり