「コラコラコラッ。汚い足を上げるなっ。」
テントを仕舞おうと思って車に近づいた僕は、座席の上のカバンに無造作に置かれた長男アタラの足首をむんずと掴んでそう言った。
天気予報の通り、キャンプ初日の夕方から降り出した雨は、夜半過ぎには土砂降りに変わり、テントや道具類は全て、跳ね上げた泥で汚れていた。二日目の今日は、朝から雨の間隙を縫いながら、みんなで雑巾で拭っては車への積み込み作業をしていたが、高校生になってから益々朝に弱くなったアタラはダラダラとして、隙あらばサボろうとするので、油断がならなかった。
ついさっきも、片手に水中メガネだけを持って、緩慢な動きで車に積みに行こうとするので、両手に荷物を持てるだけ持っていくように注意したところだった。
僕がテントを仕舞おうと車に近づいて行くと、側面のスライドドアから、アタラが上半身を無理やり後部の荷室へ突っ込んでゴソゴソしている。足は、濡れた衣服を詰めたカバンの上に置かれており、上を向いた足の裏には泥やら何やらの汚れがついていたのだ。
アタラときたら足グセが悪くって、目の前に人がいても足の裏を見せて、堂々と机に足を上げるし、靴下はそのへんに脱ぎ捨ててはいつまでも放ったらかしにするし、靴は踵を踏んで駄目にしてしまうし、すぐに裸足で駆け出すしで、とにかくその足グセの悪さにいつも僕は辟易としていたのだった。その朝も、アタラの眠たさアピールとガサツさに、僕はついついイラっとした。
「コラコラコラッ。汚い足を上げるなっ。」
そう言って僕は、むんずと掴んだ足首を持ち上げてから、自分の犯した失敗に気づいて青くなった。
それは、かおりさんの白くてか細い足だった。今回のキャンプには、以前から僕ら家族にキャンプへ連れて行って欲しがっていたかおりさんを連れて来ていたのだ。あいにく雨の日のキャンプになってしまったが、無邪気に楽しんでくれたかおりさんは、雨の中カッパも着ずに懸命に片付けてくれていたのであった。
そういえば、かおりさんもアタラもスラリと細くて長い手足というフォルムがよく似ている。しかし、似ているのは身体のフォルムだけで、かおりさんはおとなしくて、白いブラウスがとてもよく似合う……休日はいかにも図書館で過ごしていそうなタイプの女子だ。それに、よくよく見てみると、かおりさんの足の裏には葉っぱが二枚ほど張り付いていただけで、そんなに汚れていたわけではなかったのだが、哀れ足首を掴まれてしまったかおりさんは、あわわわわと声にならない声を出しながら、目を真ん丸に見開いて僕を見ていた。
「ご、ごめんなさいっ。」
と謝るかおりさんに、僕が全力で謝り返したのは言うまでもない。
『雨の日のキャンプ』おわり