自転車を買った。
非常に疑り深い性格の俺は、何か新しく物を買うと防犯面が気になって仕方なくなってしまう。今回も自転車を注文してから届くまでの間、どんなチェーンロックを買うかで悩んだ。
「自転車 鍵 おすすめ」で検索し、ステマ臭のしないサイトやAmazonレビューを読みまくった。
困ったことにチェーンロックってやつは、頑丈になればなるほど重たくなっていく傾向にあるようだ。1.5〜2.0kgの物が、ザラにありやがる。せっかく風のように軽やかに走りたいと思ってるのだから、出来るだけ重たいチェーンロックは選びたくない。俺は風になりたいのだ。
そして、性能が上がれば上がるほどお値段も高額になっていく。高いものだと15,000〜20,000円もするのだ。どこかのサイトを読んでいたら、「盗難防止にかける費用は自転車の価格の10%が目安」などと書いてあったが、「結婚指輪は給料の三ヶ月分♡」みたいに言われても、ハイそうですか。じゃあこれ少し高いけど買っちゃおうかな、ポチっとな……てな具合にはいかないのだ。なんせ俺はすべてを疑ってかかる男なのだぜ。
あれこれ検索していると、安くても防犯性能の高いチェーンロックがいくつか見つかった。しかしだ。デザインが超最悪だったので、却下……だって、俺の新しい自転車は超カッコいいんだぜ。ぺっぺっ。
とにかく、世界中の窃盗団が俺の新しくてカッコいい自転車を狙っているのだから、しっかりしていて、尚且つクールなチェーンロックを買わなきゃなのだ。
しかし、調べていくうちに実際のところ、プロの窃盗団にかかってしまえばどんなに高性能なチェーンロックであっても、あっけなく壊せてしまうことも分かってきたので、中性能以上でそんなに高額でもなく、なるべく軽い物を選ぶことにした。それがこちら。
結局、デザインについては、バッグに入れて持ち運んでしまえば、そんなにこだわる必要がないことに気づいた。それに、この毒々しい見た目はまるで、熱帯の森に生息する毒蛇のようで、付けていて威嚇力があるのではないかと思ったのだ。シャーーーーッ!
このようにしてようやく俺は、チェーンロックを選ぶことができた。下手すると自転車を選ぶよりも時間がかかってしまったかもしれない。
まだ安心はできない。
今度はサドルだ。これまた “ サドル泥棒 ” というケシカラン輩がいるらしいのだ。俺の新しい自転車には、超カッコいいサドルが付いているので、やはり守ってあげたくなったのだ。そんな優しい俺が選んだ物は、ワイヤーがφ4mmと細く、防犯性能としては気休め程度の物だった。
CROPS 製品情報 > CROPS LOCK > MULTI PURPUSE LOCKS : CP-SPD07
これを選んだのは、サドル下にゴテゴテとした物をぶら下げっぱなしにしたくないということもあったし、メインで使う予定のチェーンロックが鍵式のため、もしも鍵を持って出てくるのを忘れたときにダイヤル式の物もひとつ積んでおきたかったという目論見もあった。自転車の鍵なんて、結局は、「してる」、「してない」かのどちらかで、「盗られない」、「盗られる」が決まることがほとんどであって、「頑丈か」、「頑丈でないか」は、前述した通りプロに目をつけられない限りあまり関係ないと思うのだ。つまり、結局は運次第だということだ。また、盗られたくなければ、自転車に乗るときには隙を見せず、停める場所も選ぶようにすることが大事だろう。
さて、待ちに待った自転車が我が家にやってきた翌日の夕方、Amazonからライトや空気入れなどと共にサドル用のワイヤーロックが届いた。メインで使うゴツい毒蛇チェーンロックは、まだ発送されてないようだ。その日の昼間には、娘と一緒に新しい自転車で初のツーリングにも行ってきて、ご機嫌に夕食を食べた俺は、お酒も進みベロンベロンになりながら鼻歌混じりに自転車のライトを取り付けてから、ワイヤーロックでカッコいいサドルを本体にぐるぐる巻きにしてやった。焼酎グラスを片手に、しばらく新しい自転車をツマミにして呑んだ。
さて、翌日は朝から合気道をしたり、友人がやっているイベントへ出掛けて昼食をゆっくり食べたりして過ごしたので、家に帰ってくるのが夕方になった。玄関の中で、大人しく待っていてくれた新しい自転車は、相変わらずカッコ良かったので、俺はまたしばらく自転車を眺めたり、サドルの感触を確かめたりしていた。そこでふと気づいたのだが、そういえばサドルを留めているワイヤーロックの番号は何だったっけか?
そのワイヤーロックは、ダイヤル式の鍵のため、自分で好きな3桁の番号を設定できたのだ。4桁の暗証番号は日常的によく使うので、いつものお決まりの番号みたいなのがあったが、3桁の番号はそういえばあまりパターンを持ってなかった。しかし、酔っ払いながら、「うーん。そうだ!これだ!」という具合に、簡単に閃いた番号だった気がするので、すぐに思い出せるだろうとタカをくくっていたのだが、これがなかなかまったく思い出せない。何だ?絶対に覚えやすい語呂合わせの数字にしたはずだ。
頭に浮かんだのは……
819(バイク)
881(早い)
315(最高)
あまり自分でもピンと来なかったが、取り敢えずダメ元で回してみる。やはり、ワイヤーロックはウンともスンともしない。しばらく、考えては試し、考えては試しということを繰り返していたが、なんだかイライラしてきたので、考えるのをやめることにした。本来の目的であったサドルをロックすることはできているわけだし、このまま外せなくてもいいじゃないか、もし外さなければならない時がくればボトルクリッパーで切っちゃえばいい。そんなに高い物じゃないのだから……ところが、夜ご飯を食べて、子供たちが風呂に入って寝てしまってからも頭の片隅ではモヤモヤした気持ちがどうしても消えない。風呂にゆったり浸かりながらも、頭は勝手に3桁の数字の語呂合わせを考えてしまう。
881(ヤバイ)
182(イヤミ)
489(シバク)
いやいや、そんな番号にするはずがないのだが、浮かんでくるのはどうしてもネガティブな言葉ばかりだ。酔っ払っていたとはいえ、「これだ!」と思って付けたのだから、きっと何かに関連づいた数字であるはずなのだ。しかし、まったく何も思いつかないまま、ただただ時間は過ぎていく。テレビやネットを見たりしながらイライライライラしている俺を見た妻が、「3桁だけだったら001〜999まで、ひとつずつ合わせてみたら?」とアドバイスしてくれた。そうか、その手があったかと、膝を打った俺はさっそく自転車の前に椅子を持ってきてダイヤル回しに打ち込んだ。数字をひとつずつ上げていく作業は、思いのほか苦痛ではなく、だんだん手つきも慣れてくるので、ペースもあがってくる。10分もかからなかっただろうか。カチッ!!と、いう音と共にワイヤーロックが開いたのだった。その瞬間の気持ち良さったらなかった。
しかし、その3桁の数字を確かめた俺は、再び首を傾げることになった。
439?
……ん?
俺は、まったくその番号に心当たりがなかったのだ。まるで、騙された気分だ。心外だ。いい加減にしてほしい。しばらく謎の数字を前に呆然と立ち竦む俺の頭に、あるひとつの可能性が浮かび上がってきた。
ヨサク?
よ、与作なのか?本当に??
あの木こりの??
サブちゃんの???
うむ。どうやら与作らしい。他の可能性も考えてみたがそれしかないだろう。なんとなく、昨夜の閃いた瞬間の感触も思い出してきた。
いくら酔っ払っていたとはいえ、そのような番号を選んだ自分が憎くて憎くてしょうがない。
なぜ俺は、縁もゆかりもない与作に思いを馳せながら「これだ!」と思ったのだろうか。
それでは、そろそろ紹介しよう。
俺の新しい相棒、
与作です。
今日からいっそ、そう呼ぶことにした。
作業台に載せられ、組み立てられるのを緊張の面持ちで待つ与作。
サドルに取り付けられたワイヤーロックが、二度と外れないかもしれないと聞かされて青ざめる与作。
ワイヤーロックも無事外れ、自由に走り回れる喜びを噛み締めながら、土手に寝転がって空を眺める与作。
退屈な授業を抜け出して、ぼんやりと湖の水面に映る君の面影探す与作。
思い返すと色々あったけど、最後にドヤ顔を決める与作。
おしまい