迷惑電話対策

知らない番号が携帯電話のディスプレイに表示されている。

 

「はい、もしもし?」


「こんにちわ。Jさんの携帯でいらっしゃいますか?わたくし、△△会社の×××と申しまして、今回、Jさんにお役に立てるご案内として、安定した収入が見込めるファミリーマンションについてご案内するために電話差し上げたわけなんですが・・・」


通話する前からなんとなく警戒はしていたのだが、この頃よくあるマンション投資の勧誘電話だ。この手の電話をかけてくる連中は、かなりやっかいな場合が多く、反論してみても自信満々で切り返してくるので面倒だ。わけのわからない連中が勧めてくる投資話になんて乗っかる気はまったくないが、少しでもまともに応答しようものなら、営業トークを畳み掛けるように繰り広げられ、電話を切ることがなかなかできなくなる。かといって、こちらのイラつきを言葉にすると、たちまち態度を豹変させ、高圧的な態度で罵詈雑言を浴びせられることもある。


だから、こういった連中からの迷惑な電話には、「興味ないので、切りますよ。ガチャン!」と一方的な対応をするに限る。

 

「はいはい切りますよー。いいですかー。」なんて悠長にやってると、すかさず「Jさん!Jさん!ちょっと待ってください!あのですね・・・。」と、大きな声を出して切り返してくるので、更に電話を切るタイミングを見つけだすのが面倒になるのだ。もう一度言うが、知らない電話番号からかかってきて、その手の胡散臭い勧誘ということが分かったら、すぐに「いらん!」そして、「ガチャン!」と電話を切るのに限る。



しかしこの方法は、なんとなく後味が悪い。別に良心は痛まないのだけど、連中は俺の個人情報をある程度つかんでいることだろう。俺の対応に腹を立てて、いやがらせや仕返しを目論むかもしれないではないか。場合によっては、迷惑な電話がもっともっと増えることになるかもしれない。かと言って、怒らせないよう紳士的な対応をするのも腹が立つ。なんといっても、「そんな話に誰がひっかかるねん。は?まじで行けると思ってんの?」と、言い返したい気持ちが電話を切った後にモヤモヤと残るのだ。

 

一方的に、やられっぱなしでは、あまりにもあんまりじゃないかっ。まるで、外出して帰ってきたら靴の底に犬のうんこがへばりついていた時のような気持ちになるのだ。しかし、言い返したところで、不毛な口論になることは間違いない。連中ときたら、絶対に凹まない心をもっているのだから……とにかく、連中と話す時間の長さに比例して、不快な気持ちが後に残るだけなので、なんとかならんかな?と考えに考えた俺は思いついてしまった。これらの後味の悪い思いを払拭できて、連中に一矢報いることができる方法を思いついたのだ。これは発明だ。今日は諸君にそれをお教えしようではないか。えっへん。

 


まず、連中の話を全力で聞くふりをする。なるべく連中の話に耳を傾けるふりをすればするほどいいかもしれない。オープニングトークを終えた連中は、こちらの反応を伺うことだろう。その時に、できるだけ明るくこう言うのだ。


「へぇー。すごいじゃないですか。これは相当いい話ですね………

 

 

 

 

 

 





って、なるかーーーーい!!ガチャン!!!」

 

 

これだ。陽気にノッてから、突っ込んで、切るのだ。連中はきっと、バカバカしいような、一本取られたような気持ちで胸がいっぱいになり、報復なんて考えもしないだろう。この方法のいいところは、どちらも救われるというところだ。お互いに嫌な気持ちはナッシングだ。その日を幸せな気持ちで終えることができるだろう。

 

普段はノルマに追われ、人タラシをすることで賃金を得ているであろう連中の心にも、人としてのかつての心が蘇るかもしれない。故郷にひとりいる母に、たまには電話でもしてみようかな?なんて、思うかもしれない。


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地方都市の古びた戸建て住宅に、ひとりで暮らす母の携帯電話のディスプレイに、知らない番号が表示されている。

 


母は、付けていたテレビの音量を絞ってから携帯電話に手を伸ばす。息子が高校のとき、夫を癌で亡くしてからというもの、自宅でお好み焼き屋をひとり切り盛りし、今ではすっかりガサガサになってしまった自分の手が目に入り、ニベアはどこに置いたかしら?などと考えながら通話ボタンを押す。

 

「はい、もしもし?」


「母ちゃん、俺俺。ひさしぶり。元気?あんな、俺な……」

 

「ん?なになに?」

 

「母ちゃん、俺な。そっち帰ろうかと思ってるねん。」

 

「えっ?」

 

「俺、仕事辞めてそっち帰るわ。ちゃんとしたところで、就職したいと思ってるねん。」

 

「お、お前……」

 

母は、しばらく絶句したまま何も言わない。電話の向こうで少し泣いているのかもしれない。学生の頃のマサヒデは喧嘩に明け暮れ、高校を中退してからというもの、まともな職には就かず、いつも苦労をかけていた。大阪に出てきて、10年が経つが、悪い連中とばかりつるんで、すっかりヤクザの準構成員のようになってしまっている。今では借金の回収や不動産の投資詐欺の手伝いのようなことをやっていて、かわいがられている兄貴分からは、「そろそろ本物の盃交そか。」と言われていたのだが、「俺、酒飲めないんで。」と戯けて誤魔化していた。マサヒデは、28歳になった頃、腹痛が続いたことで診てもらった医者で『潰瘍性大腸炎』と診断されてからというもの、お酒はほとんど飲まないでいる。元々、お酒はあまり飲めない体質だったので、なければないでなんてことはなかった。

 

そんなことよりも、難病が自分の身体に巣くっていることが分かってからは、マサヒデはいつも心の奥底で怯えていた。果たして俺の人生このままでいいのか?今年で俺も30歳になる。この業界から足を洗うなら今しかないぞ。孝行して母には少しでも楽させてあげよう。できれば結婚して孫も抱かせてやりたいなぁ。

 

 

受話器の向こうから、母がごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「お、お前っ……マサヒデと違うやろうっ!!」

 

「はっ?何言ってんの母ちゃん。」

 

「あれか?流行りのオレオレ詐欺とかいうやつやな?はんっ?」

 

「か、母ちゃんっ。違うって、ほんまに俺やって。母ちゃんの名前は、キクエやし、誕生日は1月31日やろ?それに、父ちゃんの命日は3月5日やんか?な?」

 

「よう調べたあるな。でもわたしゃ騙されへんで。はんっ!あー怖い怖い。でもな、最初から怪しいと思ってたんやで。あんたらあれやな、ほんまに『オレオレ』って言うんやな。ピーンときたわ。あのな、言うといたるわ。そんな古典的なやり方では、だーれも騙されへんでー。声も全然違うがな。」

 


「いやだから、俺やん。よう聞いてみ。マサヒデの声やんか。」

 

 


「あっ……マ、マサヒデ?お前なのかい?ほんとにお前なのかい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


って、なるかーーーーい!!ガチャン!!!」

 

 

 

 

 

 


プーッ、プーッ、プーッ、プーッ

 

 

 

 

 

 

 


その夜、マサヒデは飲めない酒をしこたま飲んだのであった。

 

 

 

 

 

 


おわり