テキ屋

「見た目はテキ屋のくせに不器用やなー。」

 

僕と鉄さんは、町内会盆踊りでの模擬店の準備をしていた。夕方までにヨーヨーを100個膨らませておかなければならないのだ。ヨーヨーとはあれだ。小さなゴム風船の中に少しの水をいれて膨らませて、その縛り口にゴムをひっかけてあるやつだ。そのゴムの端を指にかけて、ぼよんぼよ~んと手のひらで突いて遊ぶあれだ。

 

暑い夏の午前中いっぱいかけて、テントや太鼓のやぐらなどの設営の終わった会場の見張りも兼ねて、子供会の役員が二人で一時間ずつヨーヨーを膨らませることになっていた。僕らの割り振られたのは午後三時から四時の一時間、そして膨らませるヨーヨーのノルマは100個だ。

 

相方の鉄さん(仮名)とはその時、ほとんど初めて顔を合わせたのだが、入れ替わりになった役員さんと、僕も鉄さんも顔見知りだったこともあり、なんとなくお互いに自己紹介しそこねたまま鉄さんとふたりっきりの時間が始まってしまった。どちらも積極的にしゃべるタイプではないので、ゴム風船を膨らませなければならないというミッションがあるのがありがたかった。それでも、「家はどのへんですか?」とか、「子供さんは何年生ですか?」とか、興味はないんだけど、とりあえずその場しのぎ的な話題でしのぎながら、僕らはゴム風船を膨らませていった。

 

コツさえ掴んでしまえばなんてことない作業なのだけど、ゴム風船を専用のポンプで膨らませてから、口元をプラスチックの留め金で括ってしまうまでの間に、左手の力を使うので、続けているうちにだんだんと握力がなくなってくる。それでも四時までに終わらせてしまわなければならないため、結構がんばらなくてはならなかった。

 

それにしても、鉄さんはさっきから何度も何度も失敗しては、そこらへんに水をまき散らしている。横目で見ていると、どうやら最後の留め金をうまくつけられないようで、もう一息のところでぶしゅーーーーーーーとゴム風船から空気と水が抜けてしまっているのだ。僕が2~3個作る間に、鉄さんがようやくひとつ完成させられるかどうかくらいのペースだ。

 

「見た目はテキ屋のくせに不器用やなー。」

 

心の中で僕はそう突っ込んだ。鉄さんの見た目はなんだかとってもテキ屋っぽいのだ。年齢は、三十前後というところだろうか、よく焼けた肌とむっちりしたボディに茶髪が似合っている。顔は超童顔でニコニコしているのだけど、どことなく漂う雰囲気がテキ屋っぽいのだ。決して僕はテキ屋さん業界に詳しいわけではないのだけど、とにかく鉄さんはテキ屋っぽい。わかりにくい例えかもしれないが、「旅芸人の子供」+「ヤンキー」=「テキ屋っぽいと思うのだ。

 

それにしても、鉄さんはあいかわらずぶしゅーーーぶしゅーーーーーという音を次々とさせている。これでは四時までに終わらないではないかと、イライラの限界に達した僕は、鉄さんの方に向き直って、でしゃばらない程度のテンションで、「どうやってやってます?」と聞いてみた。見ていると、どうやら鉄さんは、留め金の止め方に問題があったようで、僕はうまくいくコツをさりげなく伝授した。自慢ではないが、僕はコツを飲みこむのがなんでも早く、人に教えるのもまたうまいのだ。

 

ようやく鉄さんのぶしゅーーーーも落ち着いたかに思えたのもつかの間、しばらくすると、また3~4個にひとつはぶしゅーーーーと失敗する鉄さん。

 

「見た目はテキ屋のくせに不器用やなー。」

 

という言葉を僕はぐっと飲みこんだ。さっきから何度も頭の中で突っ込んでいるのだが、僕はこの言葉を口にするのを躊躇していた。鉄さんとは、さっき初めて顔を合わせたばかりだということもあるのだが、鉄さんにはどことなく突っ込みにくい雰囲気があるのだ。もし、少しでも突っ込めそうな雰囲気があれば、お調子者でもある僕は迷うことなく突っ込んでいただろう。

 

 

 

 

 

後になって分かったことなのだが、まず鉄さんは、少し前に酔っ払って喧嘩をし、左手の指の靭帯を切って治ったばかりなので、ほとんど手に力が入らなかったらしい。

 

 

 

 

そして、鉄さんはホンマモンのテキ屋の息子だった……。

 

 

 

 

 

 

「見た目はテキ屋のくせに不器用やなー。」

 

 

 

 

 

 

あぁ、言わなくてよかった。ど突かれるところやった。