武道場

合気道の自主稽古をするために、武道場の予約をしていたので、まず体育館の窓口にお金を払いに行く。

 

支払い窓口のある体育館のロビーには、暖房が心地よく効いていたが、武道場の更衣室のPタイルはこの季節になると、暖房もなく、氷のようになるのを思い出して少し身震いした。

 

窓口で、「予約していたですが。」と申し出るが、そんな予約は入ってないと言われる。おかしい。そんなはずはないんだけどなと、予約コードを見せると、どうやら、窓口のお姉さんったらテニスコートの予約だとばかり勘違いしていたようで、テニスコートの予約者リストの中から、俺の名前を探していたようだ。

 

それは、俺の醸し出す、あまりにも爽やかで清潔な雰囲気によって、窓口のお姉さんに誤解させてしまったのであり、主語もなく話しかけた、こちらにも非はあるので、フッと前髪をかき上げながら、心の中の白い短パンの裾を直してから、スマートに支払いを済ませた。いくら心の中とはいえ、この季節になってくると短パンは寒いので、俺は心の中で白いポロシャツの襟を立てながら、武道場へ向かったのである……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんのこっちゃ。

 

ダウンベスト

ずっと、モンベルのダウンベストが欲しかった。いつもなら、欲しいと思ったら、割とすぐに買っちゃうほうなんだけど、なんやかんやと買うタイミングが合わなかったのだ。人間と服との間にも、縁のようなものがあるようだ。


年末に、高松市の大型ショッピングモールに入っているモンベルで、憧れのダウンベストのMサイズを試着した。やはり、これいいな。今日こそ買っちゃうかな。と、思いながら、一緒に来ていたうちの家族と義妹の家族とみんなで、フードコートで昼御飯を食べることにした。今日は、早朝から釜揚げうどんを食べに行ってしまい、胸焼けがして食欲が全く湧かなかったので、バナナとホイップクリームのたっぷり入ったクレープを食べた。甘い物は別腹なのである。


それからしばらく、ウィンドウショッピングをしていたら、いつの間にか次男と甥っ子が迷子になってしまったので、インフォメーションへ行き、呼び出しをしてもらう。モンベルの前に来るように呼び出してもらい、到着を待っている間に、ダウンベストを掴んでレジへ向かう。思い焦がれるほどのことではないが、俺は、モンベルのダウンベストに二年くらい片思いをしてから、ようやく手に入れたことになる。次男たちとも無事に合流し、帰ってから、ネルシャツの上から着用してみる。軽くてあったかい。これ最高じゃないか。もっと早く買っとくんだったな。


さて、翌日は元日だったので、朝からお屠蘇をいただき、お雑煮を食べてから、くだらない正月番組を見ていると、なんだか具合が悪くなってきたので、義妹の家でゴロゴロさせてもらうことにした。年末の忘年会や餅つきなどで、胃腸も肝臓もお疲れ状態だ。昨日の朝うどんが重たいボディブローのように、じわじわと効いている。ボクシングなんかしたことないから、ボディブローの効き具合なんかよう知らんけど。結局、その日は昼御飯も食べずに、本を読んだり、昼寝をしたりしながら夕方まで過ごす。実はインドア派のくせに、日頃まるでアウトドア派のように振舞っている俺にとって、たまにはこんな休日の使い方をするのは、とても贅沢なことをしている気になり、嬉しくなる。それにしても、ダウンベストは最高だ。嵩張らないので、重ね着にもぴったりだし、何よりもかなり暖かい。去年、ユニクロで黒のダウンベストを買って、仕事のときに作業服の下に、よく着ていたのだけど、それとこれとはウールの詰まり具合がまったく違うぞ。いい買い物をし……あ、あれ?これVネックやん?へ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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実は、俺がずっと欲しかったのは、モンベルの “ 丸首 ” ダウンベストだった。慌ててモンベルのオンラインショップで調べてみると、モンベルのダウンベストには、Vネックと丸首との二種類あったようだ。そんなこと、まったく思いもしなかった俺は、ハンガーに吊るされて並んだダウンベストの中から、サイズだけを確認し、何も考えずVネックを選んで買ってしまったのだ。どうやら試着したときは、たまたま丸首を手に取っていたようだ。くそう。まじか。二日間着てたけど、返品できんかな。くそうくそう。まじかよまじか。値札切って捨ててもうたけど、返品できんのか。


出掛けていた嫁や義妹が帰ってきたので、「なあなあ、返品でけへんかなぁ?」と聞いてみるが、鼻で笑われてしまった。仕方ないので、無理やり嫁と義妹にダウンベストを着せて、売りつけようとするが、まったく興味を示してくれない。二日着ただけやで?今なら半値やで?晩御飯を食べるため、嫁の実家へ移動し、義父に着てみてもらうが、サイズがまったく合わない。前のボタンがしめられないので、こりゃダメだ。義理の母には、よく似合ったが、「丸首やったら買うけどなー。あははははー。」とあしらわれてしまう。ハァ。凹むわぁ。考えれば考えるほど、自分のやってしまったヘマに嫌気がさしてくる。Vネックと丸首と、掴む確率は50%やぞ。なんで、あのとき丸首を掴まんかったんや。そして、体調が悪かったとはいえ、二日間も全く気づかずに、鼻歌交じりにVネックのダウンベストを着ていた自分を思い出すと、情けなくなってきた。


ずっと欲しいと思っていたが、やはりモンベルの “ 丸首 ” ダウンベストと俺とは、縁がなかったようだ。

 

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洗い餅

毎年、年末に行われる友人宅での餅つきに、今年は、なんと113人も参加したらしい。

 


何年か前、町内会で行われた餅つき大会のとき……駆り出された役員のお父さんたちが、何をしたらいいか分からずウロウロしているので、見るに見かねて、(俺は、そういう場に迷い込むと、仕切らずにはおれない病なのだ。)二つあった臼を仕切っていたら、あとで近所のマダムが、「Jさんのご主人って、ひょっとして餅つき関係の人?」とか囁いていたらしいが、餅つき関係の人ってなんやねんそれ。ひょっとして、じゃねえよ。

 


さて、今年の友人宅での餅つきでは、人も多い分、役者が揃っていたので、俺の仕切り病も発症せずに済み、最初からビールを飲みながら、粕汁やローストチキンや鹿肉の燻製などのご馳走をゆっくりと味わうことができた。何年もやってるうちに、専門用語も生まれてくる。一回目につかれる餅を「洗い餅」という。一年間、軒下に放り出されていた臼は、餅つき前に水洗いしてから使うとはいえ、やはり細部の凸凹に染み込んだ汚れまで取るのには、一回目の餅がつかれる必要がある。

 


また、餅を丸めるのは小さい子供たちの役割だ。餅つきが始まるまで、庭先で、木によじ登ったり、ドッヂボールをしたり、走り回ったりしている子供たちが、呼び集められて、餅を丸めることで、子供たちの手の汚れも洗ってくれることだろう。

 


二回目につかれる餅こそが、本物の「一番餅」と呼ばれるにふさわしいのだ。今年は、迂闊に「洗い餅」に手を出さず、しっかりと「一番餅」を味わうことができた。餅はやはり、砂糖醤油に限る。

 


これが、2018年最後の更新となります。来年も、「Joeシッタカーの加古川うわちゃー」をどうぞよろしくお願いします。

源泉掛け流しだと?

家から徒歩五分のところにスーパー銭湯がある。そんなに広くはないが、いつも混んでないし、湯質もいいので、俺の周りにも贔屓にしている友人が多い。歩いて行けるところに、良い温泉があるのは幸せなことだ。湯上りのビールが遠慮なく飲めるのだから。

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しかしこの頃、経営が厳しくなってきたのか、湯船へ給湯するお湯の勢いが全然ない。以前は、写真のようにある程度勢いがあったのだけど、今はチョロチョロチョロ〜と薄〜っくしかお湯が流れ出てこないのだ。一応、源泉掛け流しを謳っているはずなのだけど、これじゃあ湯船に足されるお湯の量よりも、湯船に浸かっているオッサンから出てくる汗などのエキスの量の方が多いのではないかと想像してしまうではないか。

 

まるでオッサンの掛け流しだ。

窓際のコーヒー

電車の窓の桟には、紙パックのコーヒーが取り残されている。
 
混み合う新快速電車の車内に、空席を見つけた俺は近くにまだ数人の立っている人がいることを少し不思議に思いながら通路を進んだ。空席の前まで来てその理由がようやく分かった。その窓際に置かれた紙パックのコーヒーが原因だろう。
 
紙パックのコーヒーは、かつてそこに座っていたであろう人間の気配をあまりにも色濃く残していた。コーヒーは飲み干されてから置き去りにされた可能性の方が高いのだが、なぜだか電車の窓の桟に載っていると、中身が入ったままのような重々しい気配を醸し出しているのだ。迂闊に触れるとストローからビュッと中身が飛び出すかもしれない。ズボンにかかったら最悪だ。電車を降りて、駅のエスカレーターを下る俺のズボンの股間のあたりを見て、エスカレーターを上ってくる髪の長い綺麗な女性が薄ら笑うかもしれない。「違うんですよ。これはですね。窓際の紙パックのコーヒーをですね。」と説明しようとする俺に構わずエスカレーターは進み、二人は離れ離れになってしまうだろう。もう二度と出会うことのない二人は、こうして一生埋めることのできない溝を残したまま、それぞれがそれぞれの場所で生きてゆくのだ。
 
さて、普段の俺なら、その窓際にコーヒーが残された席には座らずに違う空席を探すか、または立ったままいることを選んだことだろう。しかし、その日の俺は疲れすぎていたので、そのままその席へ座らせてもらうことにした。それに周りの人たちからすれば、窓際にコーヒーが残された空席に俺が座るのを見ているのだから、俺のコーヒーでないのは一目瞭然なわけである。俺はできるだけ被害者面をして、ヤレヤレ、、、という感じで、その席に座ることにした。
 
電車のシートに深く腰を沈めた俺は、窓際のコーヒーを手の甲を使い注意深く隅っこに押しのけて、自分の視界に入らないようにした。どうやら、中身は空のようだ。俺は安堵しながら、加古川駅へ到着する時間の二分前に携帯のアラームをセットして、ヘッドフォンでエリック・サティのピアノ作品集を再生した。窓ガラスに映る俺の横顔には、移りゆく街の灯りが次々と通り過ぎて行った。
 
ふと我に帰り車内に視線を移すと、日曜日の七時過ぎということもあり、楽しかったであろう休日の陽光の余韻が、明日から始まる一週間を思う気持ちに影を作りだしているかのようだった。俺と同じ四人掛けのボックス席の向かい合わせになって座っている30代前半と思しき二人組の女性の会話も途切れがちだ。俺の向かい側に座っているスーツ姿の青年は、休日出勤だったのだろうか、スマホを片手に持ったまますっかり眠りこけている。緩めたネクタイの隙間から、弛んだ喉仏が見えた。それから軽く目を閉じた俺は、いつのまにか深い眠りに落ちてしまっていたようで、ヘッドフォンからは目覚ましのビープ音が鳴っていた。スマホを操作してから、俺は脱いでいた上着と荷物を一つにまとめ、出口へ移動するために席を立ち、通路へと出た。その時、後方から俺に声が飛んできた。
 
「忘れてますよ!」
 
窓際のコーヒーのことだと気付くまでに少し時間がかかった。周りを見てみると、いつの間にか四人掛けのボックス席の顔ぶれはすっかり入れ替わっており、必然的に俺の飲み残したコーヒーだと思われたようだ。俺は、その紙パックのコーヒーを本来持ち去るべき持ち主のことを思い、イラつきを抑えながら答えた。
 
「いや、それ私のじゃありません。」
 
そんな無責任な奴と一緒にされちゃ心外だ。言っとくが、俺は公園や道端などに落ちているゴミはなるべく拾うことにしている。しかし、電車の中では、清掃員の方がいるだろうという安心感を抱いてしまい、結果としてゴミを出した人への怒りの感情だけが湧いてしまったのだ。無責任な持ち主の唾液や手の脂などのついた忌みべき対象としか見れなくなってしまい、なるべくなら触りたくなかった。道端のゴミを拾えるなら同じじゃないのか?と思うかもしれないが、道端のゴミの場合は圧倒的に量が多すぎて一々腹を立てていたら、精神衛生上よろしくないので怒りを抑えてゴミを拾うすべを俺は身につけているのだ。まぁ、そんな大層なことではなく単純に何も考えないようにしているだけで、それよりも俺が拾わなきゃ誰が拾うのだ!みたいな使命感が優っているため、それほど苦にならないのだ。
 
 
しかし、よくよく考えてみると、そのとき電車の中でとった俺の行動は、なんて子供じみていたんだと深く反省している。もしもあのときに誰も、「忘れてますよ!」と言ってくれなかった場合、周りにいる人たちは窓際に残されたコーヒーを見てから俺の背中をギラリと睨みつけていたことだろう。まさか、被害者から加害者になってしまうとは思わなかった。そこに座ってしまったからには、自分のゴミとしてスマートに持ち去り、駅のホームのゴミ箱へ捨てるべきだったと思うのだ。俺が、疲れた身体を空席に深く沈ませることができたのは、その紙パックのコーヒーが窓際に残されていたおかげなのだ。
 
それに新快速が終着駅に着いたからといって、直ちに清掃員の方が入ってくれるとも限らない。そのまま折り返し運転をする可能性だってあるのだ。そうしたら、また同じようにイラつく人や要らぬ疑いをかけられる人が出てくるだろう。ひょっとしたら、その紙パックのコーヒーは、その日の朝から何度も姫路⇔米原間を行ったり来たりしていたかもしれないではないか。その場合、様々な人々の怨念が紙パックの中に込められていたことになる。俺さえ爽やかに捨ててやることができていれば、怨念たちはすんなりと成仏することができたはずで、その紙パックのコーヒーが後日、「実はあのとき助けてもらったコーヒーなのです。」と言って、俺のところに恩返しにやってきたかもしれない。それに、そうした俺の一連の行動を少し離れたところから見ていた可憐な色白の女性が、俺の優しさにメロメロになった可能性だってあるじゃないか。妻子ある身なので、それはそれで困るのだが悪い気はしない。いや待てよ。シルバーシートに座ってすべてを見ていた白髪の資産家のおじいさんが俺の行動に感心し、すべての財産を俺に託すと代理人を通じて申し出てくる可能性だってあったぞ。
 
 
 
なんてこった。俺は、取り返しのつかないことをしてしまった。
 
 
 
こうして、自意識過剰な俺の日曜日がまた終わる。ちなみに、この日の自意識過剰メーターが最大値に振り切ったのは、窓ガラスに映る自分の横顔に、移りゆく街の灯りを重ねながらエリック・サティを聴いていた瞬間だろう。
 
 
 
 
 
 
 
おしまい。
 

映画『自転車の鍵』

映画館で、上映を今か今かと待ってると、客電が落ち新作映画の予告が始まる……ハァ、またいつものやつだ。

 


大音量で男性ナレーターがたっぷりと余韻を作りながら語り出す。

 

「これは、ある自転車の鍵を巡る奇跡の物語……田舎町の自転車屋さんで、同じ鍵に手を伸ばし、手と手が触れ合った二人の高校生……出会ってすぐに惹かれ合った二人だったが、卒業前に些細なことをきっかけにして心が離れていく……それから10年後、大都会の雑踏の中で、偶然に再開した二人の前にあの時の自転車の鍵が現れる。ただの偶然なのか?それとも奇跡の兆しなのか??10年前に、女が付き通した嘘とは?男は自転車の鍵の番号を思い出すことができるのか?物語は、衝撃のラストを迎える……」

 

こんな感じの映画予告が、やたらキラキラしたエフェクトかけて垂れ流されることがよくある。

 


あーゆー類いの映画ってさ、福士蒼汰とか有村架純とかの超売れっ子俳優またはジャニーズが出てるってこと以外に、見どころない気がするよね。泣かせよう泣かせよう、キュンキュンさせようとしているのが見え見えすぎてしんどくなるわ。

 


「物語は、衝撃のラストを迎える。」って、ナレーターが言い終わるかどうかのタイミングで平井堅とかが歌いだすんだよね。そしてその主題歌をバックに追いかけるよね。きっと男は女を追いかけるんだよね。抱きしめるよね。もう離すものかと抱きしめるんだよね。

 


絶対に観ないよね(げっそり)

 

 


あと、シリアス路線かと思わせといて実はコメディだったっていうパターンも映画予告あるあるだよね。

 


客電が落ち、大音量で男性ナレーターがたっぷりと余韻を作りながら語り出す。

 

「これは、ある自転車の鍵を巡る奇跡の物語……田舎町の自転車屋さんで、同じ鍵に手を伸ばし、手と手が触れ合った二人の高校生……出会ってすぐに惹かれ合った二人だったが……

 

実は〜っ!?どっちも男だったぁ〜〜っ!!??二人の男子生徒が廃校寸前の男子校を救う!?セーラー服の似合う学園イチのオネエ男子のユウキは、ある日みんなに無理やり生徒会長にさせられてしまう。リーゼントの似合う学園イチのヤンキー男子のマモルが、それに手を差し伸べる。

 

『おいおいマジかよ。マモルの奴、生徒会に入ったってよお!?』

 

『パパ!パパっ!!大変なの!!マ、マ、マモルが女装をはじめたのよっ!!』

 

二人の噂はたちまち街中を駆け巡る。学園長からのセクハラ行為や女子高のスケバングループからの決闘の申し込みを受けながら、二人は無事に恋の自転車の鍵を開けることができるのか?!まるでジェットコースターに乗っているかのような、はちゃめちゃなハートフルコメディ!!」

 


……みたいな映画、ありがちじゃない??主題歌はサンボマスターあたりでさ。途中からナレーターもメーター振り切ってくるからね。

 

「主演はなんと!ユウキ役に山崎賢人!!そしてマモル役に菅田将暉のダブル主演!!」

 

……みたいな映画?!え?映像思い浮かばへん??盛り上がってるの俺だけ???

 

 

 

 

 

 

 

………テヘ。

 

 

 

 

 

 

 

おしまい

俺の自転車の鍵

自転車を買った。


非常に疑り深い性格の俺は、何か新しく物を買うと防犯面が気になって仕方なくなってしまう。今回も自転車を注文してから届くまでの間、どんなチェーンロックを買うかで悩んだ。


「自転車 鍵 おすすめ」で検索し、ステマ臭のしないサイトやAmazonレビューを読みまくった。


困ったことにチェーンロックってやつは、頑丈になればなるほど重たくなっていく傾向にあるようだ。1.5〜2.0kgの物が、ザラにありやがる。せっかく風のように軽やかに走りたいと思ってるのだから、出来るだけ重たいチェーンロックは選びたくない。俺は風になりたいのだ。


そして、性能が上がれば上がるほどお値段も高額になっていく。高いものだと15,000〜20,000円もするのだ。どこかのサイトを読んでいたら、「盗難防止にかける費用は自転車の価格の10%が目安」などと書いてあったが、「結婚指輪は給料の三ヶ月分♡」みたいに言われても、ハイそうですか。じゃあこれ少し高いけど買っちゃおうかな、ポチっとな……てな具合にはいかないのだ。なんせ俺はすべてを疑ってかかる男なのだぜ。


あれこれ検索していると、安くても防犯性能の高いチェーンロックがいくつか見つかった。しかしだ。デザインが超最悪だったので、却下……だって、俺の新しい自転車は超カッコいいんだぜ。ぺっぺっ。


とにかく、世界中の窃盗団が俺の新しくてカッコいい自転車を狙っているのだから、しっかりしていて、尚且つクールなチェーンロックを買わなきゃなのだ。

 


しかし、調べていくうちに実際のところ、プロの窃盗団にかかってしまえばどんなに高性能なチェーンロックであっても、あっけなく壊せてしまうことも分かってきたので、中性能以上でそんなに高額でもなく、なるべく軽い物を選ぶことにした。それがこちら。

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ABUS Steel-O-Flex ivera7200

 

結局、デザインについては、バッグに入れて持ち運んでしまえば、そんなにこだわる必要がないことに気づいた。それに、この毒々しい見た目はまるで、熱帯の森に生息する毒蛇のようで、付けていて威嚇力があるのではないかと思ったのだ。シャーーーーッ!

 

このようにしてようやく俺は、チェーンロックを選ぶことができた。下手すると自転車を選ぶよりも時間がかかってしまったかもしれない。

 

 


まだ安心はできない。

 


今度はサドルだ。これまた “ サドル泥棒 ” というケシカラン輩がいるらしいのだ。俺の新しい自転車には、超カッコいいサドルが付いているので、やはり守ってあげたくなったのだ。そんな優しい俺が選んだ物は、ワイヤーがφ4mmと細く、防犯性能としては気休め程度の物だった。

 

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CROPS 製品情報 > CROPS LOCK > MULTI PURPUSE LOCKS : CP-SPD07

 

これを選んだのは、サドル下にゴテゴテとした物をぶら下げっぱなしにしたくないということもあったし、メインで使う予定のチェーンロックが鍵式のため、もしも鍵を持って出てくるのを忘れたときにダイヤル式の物もひとつ積んでおきたかったという目論見もあった。自転車の鍵なんて、結局は、「してる」、「してない」かのどちらかで、「盗られない」、「盗られる」が決まることがほとんどであって、「頑丈か」、「頑丈でないか」は、前述した通りプロに目をつけられない限りあまり関係ないと思うのだ。つまり、結局は運次第だということだ。また、盗られたくなければ、自転車に乗るときには隙を見せず、停める場所も選ぶようにすることが大事だろう。

 


さて、待ちに待った自転車が我が家にやってきた翌日の夕方、Amazonからライトや空気入れなどと共にサドル用のワイヤーロックが届いた。メインで使うゴツい毒蛇チェーンロックは、まだ発送されてないようだ。その日の昼間には、娘と一緒に新しい自転車で初のツーリングにも行ってきて、ご機嫌に夕食を食べた俺は、お酒も進みベロンベロンになりながら鼻歌混じりに自転車のライトを取り付けてから、ワイヤーロックでカッコいいサドルを本体にぐるぐる巻きにしてやった。焼酎グラスを片手に、しばらく新しい自転車をツマミにして呑んだ。


さて、翌日は朝から合気道をしたり、友人がやっているイベントへ出掛けて昼食をゆっくり食べたりして過ごしたので、家に帰ってくるのが夕方になった。玄関の中で、大人しく待っていてくれた新しい自転車は、相変わらずカッコ良かったので、俺はまたしばらく自転車を眺めたり、サドルの感触を確かめたりしていた。そこでふと気づいたのだが、そういえばサドルを留めているワイヤーロックの番号は何だったっけか?

 

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そのワイヤーロックは、ダイヤル式の鍵のため、自分で好きな3桁の番号を設定できたのだ。4桁の暗証番号は日常的によく使うので、いつものお決まりの番号みたいなのがあったが、3桁の番号はそういえばあまりパターンを持ってなかった。しかし、酔っ払いながら、「うーん。そうだ!これだ!」という具合に、簡単に閃いた番号だった気がするので、すぐに思い出せるだろうとタカをくくっていたのだが、これがなかなかまったく思い出せない。何だ?絶対に覚えやすい語呂合わせの数字にしたはずだ。

 

 

 

 

 

頭に浮かんだのは……

 

 

 


819(バイク)

 

 

 


881(早い)

 

 

 

 

315(最高)

 

 

 

 


あまり自分でもピンと来なかったが、取り敢えずダメ元で回してみる。やはり、ワイヤーロックはウンともスンともしない。しばらく、考えては試し、考えては試しということを繰り返していたが、なんだかイライラしてきたので、考えるのをやめることにした。本来の目的であったサドルをロックすることはできているわけだし、このまま外せなくてもいいじゃないか、もし外さなければならない時がくればボトルクリッパーで切っちゃえばいい。そんなに高い物じゃないのだから……ところが、夜ご飯を食べて、子供たちが風呂に入って寝てしまってからも頭の片隅ではモヤモヤした気持ちがどうしても消えない。風呂にゆったり浸かりながらも、頭は勝手に3桁の数字の語呂合わせを考えてしまう。

 

 


881(ヤバイ)

 

 


182(イヤミ)

 

 


489(シバク)

 

 

 


いやいや、そんな番号にするはずがないのだが、浮かんでくるのはどうしてもネガティブな言葉ばかりだ。酔っ払っていたとはいえ、「これだ!」と思って付けたのだから、きっと何かに関連づいた数字であるはずなのだ。しかし、まったく何も思いつかないまま、ただただ時間は過ぎていく。テレビやネットを見たりしながらイライライライラしている俺を見た妻が、「3桁だけだったら001〜999まで、ひとつずつ合わせてみたら?」とアドバイスしてくれた。そうか、その手があったかと、膝を打った俺はさっそく自転車の前に椅子を持ってきてダイヤル回しに打ち込んだ。数字をひとつずつ上げていく作業は、思いのほか苦痛ではなく、だんだん手つきも慣れてくるので、ペースもあがってくる。10分もかからなかっただろうか。カチッ!!と、いう音と共にワイヤーロックが開いたのだった。その瞬間の気持ち良さったらなかった。

 

しかし、その3桁の数字を確かめた俺は、再び首を傾げることになった。

 

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439?

 

 

 

 

 

……ん?

 


俺は、まったくその番号に心当たりがなかったのだ。まるで、騙された気分だ。心外だ。いい加減にしてほしい。しばらく謎の数字を前に呆然と立ち竦む俺の頭に、あるひとつの可能性が浮かび上がってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ヨサク?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


よ、与作なのか?本当に??

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あの木こりの??

 

 

 

 

 

 

 

 

サブちゃんの???

 

 

 

 

 

 

 

 


うむ。どうやら与作らしい。他の可能性も考えてみたがそれしかないだろう。なんとなく、昨夜の閃いた瞬間の感触も思い出してきた。

 

 

 

 

 

 


いくら酔っ払っていたとはいえ、そのような番号を選んだ自分が憎くて憎くてしょうがない。

 

 

 

 

 


なぜ俺は、縁もゆかりもない与作に思いを馳せながら「これだ!」と思ったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


それでは、そろそろ紹介しよう。

 

 

 

俺の新しい相棒、

 

 


与作です。

 

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今日からいっそ、そう呼ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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作業台に載せられ、組み立てられるのを緊張の面持ちで待つ与作。

 

 

 

 

 

 

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サドルに取り付けられたワイヤーロックが、二度と外れないかもしれないと聞かされて青ざめる与作。

 

 

 

 

 

 

 

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ワイヤーロックも無事外れ、自由に走り回れる喜びを噛み締めながら、土手に寝転がって空を眺める与作。

 

 

 

 

 

 

 

 

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退屈な授業を抜け出して、ぼんやりと湖の水面に映る君の面影探す与作。

 

 

 

 

 

 

 

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思い返すと色々あったけど、最後にドヤ顔を決める与作。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おしまい